シンガポールの外交

シンガポールの国際関係

シンガポールの国際関係記事一覧

マレーシアはマレー半島南部とボルネオ島のサバおよびサラワクからなる国。ジョホール海峡を挟み、北の対岸に位置する隣国です。シンガポールとマレーシアはもともと1つの国でした。19世紀以来長いことイギリスの植民地だったシンガポールは、63年にマレーシア連邦の1州となったのです。しかしマレー連邦政府によるマレー人優遇政策とそれに反発する中国系住民から、死傷者まで発生する人種暴動にまで発展。国内政治は荒れま...

シンガポールと日本は経済的、政治的、歴史的にとても深い関係にあります。地理的に近い位置にあり、時差は1時間程度しかありません。70年代以降、アジアにおける交通の要所として発展すると、多くの日本企業もシンガポールに進出していきました。以降、在留邦人の数は急激に増えていき、2020年現在、3万人程度の日本人がシンガポールで暮らしています。太平洋戦争第二次世界大戦では1942年2月にイギリス植民地だった...

様々な民族で構成されるシンガポール国民の中でも、中国大陸にルーツを持つ中華系(華人)は全体の7割と最多を占めています。これは19世紀以降シンガポールが東南アジアのハブ地として急速に経済発展したことで、当時貧困や飢餓が蔓延していた中国南部から大量に移民が流入したためです。※なお中国国籍を持つ人々のことは「華僑」といい、華人とは区別されます文化交流2015年に中国政府主導で中国の文化発信を行なう「シン...

シンガポールは70年代に中国との国交をスタートさせましたが、「1つの中国政策」を支持し、台湾独立に反対する立場をとっていたため、台湾と正式な国交は結んではいませんでした。しかし経済・軍事を中心に、実質的には外交関係を深めていました。例えばシンガポールは国内に訓練地を持たないため、70年代よりシンガポール軍の訓練を台湾で受け入れています。また同時期リークアンユー首相と蒋経国総統が親密な関係を結ぶなど...

1819年シンガポールに上陸した初めてのイギリス人は、イギリスの東インド会社で書記官として働いていたトーマス・ラッフルズでした。今では近代シンガポールの創設者といわれる人物です。19世紀のイギリスといえば、「日の沈まない帝国」と呼ばれた黄金期でした。帝国主義のもと、世界の四分の一を支配下に治める超大国を築いており、東南アジアの支配も着実に進めていました。イギリスによる植民地化の開始そんな中、ラッフ...

シンガポールとアメリカは経済的な結びつきが強い国同士です。アジア貿易の中継点として繁栄するこの地に、多くのアメリカ企業が進出しました。第二次世界戦後の関係両国の関係は冷戦時代にまで遡ります。戦後、アメリカが東南アジアにおいて軍事行動を活発におこなっていたのに対し、シンガポールは非同盟中立という観点から、反米的な姿勢を強く打ち出していましたシンガポールの独立直後、CIAがシンガポール政府の役人を買収...

シンガポールとインドネシアはシンガポール海峡を隔て、隣り合っており、古くから密接な関係にあります経済関係インドネシアは、輸出入ともに活発な、シンガポールにとって第五の貿易相手国です。またシンガポールは対インドネシア投資の最大の投資国でもあります。またインドネシアはデジタル経済を強化するために、インターネット分野に強いデジタル・ハブとしてのシンガポールを頼っています。環境問題インドネシアのスマトラ島...

多民族国家シンガポールにおいて、インド系住民は中国系、マレー系に次ぐ3番目に大きな民族グループです。そもそも「シンガポール」という国名はインドのサンスクリット語「シンガプーラ(ライオンの町)」を英語読みにしたものと知っていましたか?歴史19世紀にイギリスに植民地化されたシンガポールが、アジア貿易の自由港として発展すると、インド南部から多くのインド人移民が流入しました。今シンガポールに暮らすインド系...

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