シンガポール植物園の歴史

シンガポール植物園の歴史

シンガポール植物園の歴史

シンガポール植物園(英:Singapore Botanic Garden)は、シンガポールにある唯一の世界遺産です。都心の中心に南北82ヘクタール(何と東京ドーム18個分)をも広がるシンガポールの都会のオアシス。現地の人にとって、アウトドア、ジョギング、散歩などを楽しむことができる大切な憩いの場です。また国内外から年間400万人を超える観光客が訪れる一大観光スポットであり、ゴム産業の中心地としての側面もあり、シンガポール経済にとってもきわめて重要な存在となっています

 

重要性

シンガポール最古の原生林があるエリアにして、世界有数の自然科学研究の拠点です。世界の熱帯・亜熱帯地域から集められた一万種以上の植物が栽培されており、絶滅危機の植物もこの植物園で厳重に保護されています。植物研究者や愛好家にとって楽園のような場所。まさに植物の宝石箱です。また水辺では南国の野鳥が遊ぶ姿も見ることができ、バードウォッチングの名所でもあるのです

 

歴史

シンガポール植物園は、1822年、植物の研究に熱心なトマス・ラッフルズ(シンガポールの建設者)やその他多くの植物学者有志により設立された実験植物園に起源を持ち、シンガポールよりも古い歴史を持っています。創設当時は果物、野菜、香辛料など経済植物の栽培研究が積極的に行われていましたが、この実験植物園は1829年に閉鎖されてしまいます。

 

設立

1859年に農業園芸協会により現在のシンガポール植物園が設立されました。はローレンス・ニーベン(Laurence Niven)が監督兼景観デザインを務め、1866年には北西方向に約12ヘクタール拡大しました。そして1874年に庭園の管理が植民地政府に引き継がれました。

 

ゴム栽培の開始

東南アジアで天然ゴムの栽培を可能にしたいイギリス政府の意向を受け、1877年にイギリス・ロンドンにあるキューガーデンからゴムの苗木22本が持ち込まれ、ゴム栽培が始まりました。そしてロンドンから植物学者のリドレー博士が初代園長に就任し、ゴムプランテーションが拡大。在職中、20世紀に入るころには「タッピング法(樹皮切傷法)」という画期的な樹液採取方法を発見し、これによりゴムの生産効率が向上し、マレー半島の経済を活気づかせました。

 

太平洋戦争

太平洋戦争中は日本軍により占領され、昭南植物園と改名された上で、自然科学研究施設として保護下におかれた

 

戦後

戦後はイギリスの管理に戻り、独立後は国立公園委員会の管理下に置かれました。

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